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■ 合気道の技法(ぎほう)について ■
四月に入団された人もはや四ヶ月過ぎましたが、大分(だいぶん)合気道になれましたか?。
そしてまたお友達もできましたか?。これからも楽しく合気道を稽古(けいこ)してください。今回は合気道の技法(ぎほう)についてなるべくわかりやすく説明したいと思います。
まず、相手の攻撃(こうげき)をかわすために「体捌(たいさば)き」があります。
基本となる体捌きには主に「入(いり)身(み)」「転換(てんかん)」「転身(てんしん)」の三つがあります。
「入身」とは相手の攻撃(こうげき)の線をはずし自分の有利(ゆうり)な位置(いち)まで前進(ぜんしん)して相手の死角(しかく)に入ること。
「転換」とは踏(ふ)み出した足を軸(じく)に相手の攻撃の力を利用して自分の体を回転させること。
「転身」とは体を回転しながら相手を導(みちび)くことで回転のあと自分の体が相手の正面を向くこと。
合気道の技には「表(おもて)技(わざ)」と「裏(うら)技(わざ)」があります。一般(いっぱん)に「入身」の動作を取り入れている技を「表技」と言い、「転換」の動作を取り入れている技を「裏技」と言います。また体捌きは相手の攻撃の仕方(しかた)によって色々(いろいろ)と変化(へんか)します。
この他(ほか)に、呼吸力(こきゅうりょく)というのがあります。呼吸力とは合気道の修業(しゅぎょう)によって生まれる心身(しんしん)統一(とういつ)の力です。
以上、三つの体捌きと呼吸力が、組(くみ)合(あ)わさって合気道の技が成立っています。皆さんも日頃(ひごろ)の稽古に於(お)いて基本(きほん)動作(どうさ)をしっかりと身につけて下さい。この鍛練(たんれん)を怠(おこた)っては、技(わざ)の上達(じょうたつ)も精神(せいしん)の向上(こうじょう)もありません。
■ 合気道雑感 (あいきどうざっかん) ■
子供達が合気道の稽古を通して心身を鍛練することは非常に重要な事です。しかし、中学生になって塾や学校でのクラブ活動のために合気道をやめてしまう子供の多い中、うまく両立させて稽古を頑張っている子供達もたくさんいます。今、学校教育の現場では不登校やいじめ等の問題が非常に多く、現代社会においても孤独を好む子供が多くなっています。
人間社会では人と人との交流が基本であり、みずから積極的に行動する事が大切です。我々指導者は得てして小さな子供達を甘やかしがちですが、団体行動で大切なのは皆に「合わせる」事であって、自分勝手な行動を許してはならないし、また勝手な行動が他人に迷惑をかけるという事を身をもって体験させることが必要だと思っております。そのためにも、日々の道場での稽古はもちろん、練成大会・演武大会に積極的に参加し、団体行動の大切さを学び実践してほしいと思います。そして合気道を通じて心を広くし、人との交流を深めていきましょう。
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■ 心と身体 ■
合気道を始めてはや四十数年、いつの間にやら前期(ぜんき)高齢者(こうれいしゃ)の仲間入りをしてしまい、その間多くの先生(せんせい)先輩方(せんぱいがた)の教えを受けてきました。その中で印象的(いんしょうてき)だった一つが、ある先生の「心(こころ)と肉体(にくたい)との関係(かんけい)」についての教えです。
昔は、心と肉体とはまるっきり別ものだと考えられていました。 しかし今は、心と肉体とは密接(みっせつ)な関係にある事が定説(ていせつ)になっています。それは例(たと)えば、恥(は)ずかしい時には顔が赤くなる・というふうに、喜怒哀楽(きどあいらく)などの感情が人間の生理(せいり)現象(げんしょう)に深く影響(えいきょう)を与
える・という事です。ならば心と肉体はどのような関係でつながっているのでしょうか。脳の中に間脳(かんのう)と呼ばれる部分があり、その間脳の一部に「視(し)床(しょう)」と呼ばれる場所があり、ここが感情の中枢(ちゅうすう)であるそうです。またその下には「自律(じりつ)神経(しんけい)」の中枢があり、ホルモンを出す脳下垂体(のうかすいたい)もすぐそばにあるそうです。 ですから、合気道の稽古をする時は、このような心と肉体の関係を意識するのはもちろん、怒(おこ)らず恐(おそ)れず悲(かな)しまず、正直(しょうじき)・親切(しんせつ)・愉快(ゆかい)に、力(ちから)と勇気と信念(しんねん)をもって、おこないます。
そして自己(じこ)の人生に対する責務(せきむ)を果たし、立派な人間として生きる事こそが合気道修業の目的であります。
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■ 武士道とは ■
一つ前に使われていた5000円札に印刷されている人は、新渡戸稲造(にとべいなぞう)です。この方は1899年に「武士道」という本を英語で書きました。それは、1862年に薩摩藩士が東京の生麦(なまむぎ)で島津久光の行列を横断したイギリス商人を斬った生麦事件や1868年大阪の堺を守っている土佐藩(現在の高知県)の武士が、開港していない堺の港にフランス水兵が上陸したので斬った堺事件があり、欧米人は、人殺しをするのが武士というイメージでしたから、本当の武士とは西洋の騎士道と同じように道徳性の高い生活をするのが武士であることを知ってもらうために書いたのです。それには礼儀正しい行い、死ぬ気持ちでもって殿様につかえる、友達をうらぎらないなどの行動をするのが武士の生き方です。特に、「臆病(おくびょう:こわがること)」や「卑怯(ひきょう:心がよわく勇気のないこと)」といわれることを大変きらいました。
明治維新で武士がなくなり、武士がよく稽古した武術が国民のだれもが行えるようになりました。それでも、武術、武道の精神(心)は変わらず、今でも、武道では人に勝つより自分に克つ(かつ)ことがとても大切な練習目標です。
アテネオリンピックの女子柔道78kg級の金メダリストの塚田真希(つかだまき)選手は、あまりにもきびしい練習で柔道をやめようと思ったとき「練習は自分にかつためにするのだ」と先輩からいわれ、「ハッとした」と記者会見で述べていました。皆さんも夏の暑さ、冬の寒さにも負けずに合気道の稽古にはげんでください。
『千回戦場に出て千人の敵に勝つことよりも、自分一人に克つことこそが最良の勇者なり』
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■ まず受身 ■
アツイ、あつい、暑い、じっとしていてもアツイのになんで合気道の稽古をするねん・て聞かれたら、なんて返事する?。私は、稽古が楽しいから、稽古が好きだから・としか返事ができません。
たしかに稽古をしているときに「もうしんどい、こらえてほしいわ」と思うことはしょっちゅうあります。それでも楽しいんです。元気で稽古できるということは、本当にすばらしいことなんです。せっかく道場へ稽古に来たのに、となりの子とふざけてばかりいる人がいますが、もったいないと思います。
今、先生の言うことに気持ちを集中する、稽古をする。その今ということは、きちんとウケミができていないからです。先生にみてもらえばどうすればいいかすぐに教えてくれます。うまくウケミがとれるようになったらうれしいよ、たのしいよ。みんなでいっしょにがんばりましょう。
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■ 合気と元気 ■
合気道はかんたんでむつかしい武道ですが誰でもできる武道です。合気道には空手・柔道・剣道・少林寺拳法のように試合がありません。
見た目に地味な武道ですが稽古を積み重ねることによってナゼ試合がないのかがわかるときが来ると思います。その時が来るのを楽しみにして稽古に励むと良いと思います。
さて、私は三年前に大病をしました。現在は元気に稽古ができるようになりましたが担当の医師に何かスポーツされてますかと聞かれ、合気道を習っていますと答えたところ、「それはよい、合気道は気を出す稽古をすると聞いたことがある、気を出すということは病気にも勝ち、元気に生活するのに重要なことだ」と教えられました。以前から自分では十分わかって合気道の稽古を行なっていたつもりですが、あらためて確信しました。これからも多くの皆さんと稽古し、色々と教えていただきたいと思っています。みんなで出会いを大切にし、そして今日一日を頑張りましょう。最後に私の好きな言葉は
「嵐の中でも時はたつ・今日一日がんばろう」です。
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■ 子供の頃の合気道 ■
社会人になり時間がとれず合気道をしばらく休んでいたのですが、この四月からやっと都合がついたので再び稽古にかよえるようになりました。道場には四月に入団したてで真っ白な胴着に身を包んだ子供達の姿がありました。不慣れな動きを見ていると自分が合気道スポーツ少年団に入団した時を思い出しました。
今から十数年まえの小学生の時、自分も新しい胴着を来て町体へ通っていました。当時はせんぱいもたくさん居てシンドイながらも本当に楽しいものでした。またその頃は日々の稽古だけじゃなくいろいろなイベントもあり今も思い出に強く残っています。
とくに合宿が一番楽しかった。ほかには稽古始めのマラソン大会の後のあったかいゼンザイが大好きでした。最近はまんじゅうみたいなので少しガッカリです。
自分にとって合気道とは何なのかはまだ答えはでてませんが、とにかくオモシロくタノシいというのはわかります。毎回おぼえる事はどっさりありますが、昇段めざしてガンバッて稽古しようと思ってます。
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■ 柔道から合気道へ ■
私と合気道との出会いは、高校生の時でした。私は中学生時代柔道部に3年間所属していたので、高校に入っても柔道を続けようと思っていました。でも、私の入った高校には「道場」はあるものの柔道部がなく、合気道部しかありませんでした。私は合気道には全く興味がなく、またどういうものかも知りませんでした。武道系のクラブが合気道しかなく、とりあえず見学に行ってみました。
それが部の顧問であるM先生との出会いでした。初めて合気道部を見学した時は、何をやっているのかわからず、しかも女性の部員しかいなく、「武道かな?」 と正直思いました。そしてM先生のところに断りの話をしに行ったところ、男の部員はお前しかおらんのや・と説得されました。が、説得になってないやん! と思い、尚も断ろうとする私に、先生は一方的に合気道の素晴らしさを話してくれました。結局、次の日に一日体験を行なうことになりました。その日は合気道の受身を知らない私をM先生がマンツーマンで容赦なく投げまくってくれました。それは今でも忘れられません。でもそのおかげで、武道だなぁ〜・という実感がわき、今に至っています。M先生、ありがとうございました。
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■ きっかけ ■
なんでもいいから書いてください・と渡された原稿用紙、困ったなァ・・・
それでは自己紹介しておきますネ。大阪から引っ越してきて2年、むこうで子供はシンクロとヒップホップダンス、私はジャズダンスとフリークライミングをしていました。和歌山に来て三ヵ月後、何か習い事をしたい、という娘。でもどこも遠くて車で送り迎えが必要、以前は駅へ3分・梅田へ15分の生活、それが山一つ越えたら、車がないと生活し難いなんて、カルチャーショックでした。ここは異国なんだ!と、ビッグストアが並ぶ24号線を見て思いました。めんどうな送り迎えするくらいなら一緒にできる習い事を・ということで、合気道を娘にすすめてみました。
実は昔に少しかじったことがあって道着を娘に見せたところ 「カッコいい!」 と即決、さすが親の子、そう私も合気道を始めた理由は<ハカマ姿>にアコガレてでした。ちょっと恥ずかしい入門ですが、今は早く立ち居振舞いがカッコ良くなりたいなァ…あぁ遠そう。
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■ 合気道と私 ■
合気道は私のここ12年間の生活に大きな影響を及(およ)ぼしています。日本に来ることを決意したこともありますが、練習からは常に何かを学んでいます。
私は、友達から松濤館流(しょうとうかんりゅう)空手(からて)を紹介されたことで武道への興味(きょうみ)をもち、武道(ぶどう)哲学(てつがく)に関する本を読むようになりました。カンフーや太極拳、和道流(わどうりゅう)空手(からて)にも挑戦(ちょうせん)しました。でも合気道を始めてから合気道が一番自分に合っていると実感(じっかん)しました。
どの武術を選(えら)ぼうとも人にはその武道を修練(しゅうれん)する理由があります。私は合気道でした。合気道はとても巧妙(こうみょう)で、自分や自分の大切な人達の身を守る事だけではなく、攻撃(こうげき)してくる者をも受け入れ、よりよい世界を築くことを願うという、素晴らしい慈愛(じあい)の念(ねん)を教えてくれます。攻撃してくる者を敵とみなしてしまえば、私たちは私たちのまわりの美しいものが見い出せなくなってしまい、敵の中の良いところを見い出す事もできず、報復(ほうふく)・復讐(ふくしゅう)といったサイクルを生み出しかねません。
宗教的に聞こえてしまうかもしれませんが、フランス系アルジェリア人の哲学者(てつがくしゃ)カミューの言葉にこんな文章があります。
人間としての我々(われわれ)の役目は、不正(ふせい)や恐怖(きょうふ)の奴隷(どれい)になることではなく、私たちの一部になりがちな怒りやフラストレーションという自然な反応を世に解き放たないように努力(どりょく)すべきであり、その努力こそが人間を大きくする・と、彼は言ってます。
彼の考えは、合気道の稽古をよく具体化(ぐたいか)していると思います。武術を取得(しゅとく)することにより、私たちは人を殺(ころ)すことさえ出来ます。技を考えなしに上達(じょうたつ)させれば、単純(たんじゅん)に敵(てき)を殺してしまうことも可能(かのう)です。でもそのようなことをすれば、私たち自身、希望(きぼう)のある世界をも殺してしまうことになります。
私たちには選択肢(せんたくし)があります。人間性を完成するために人を重(おも)んじ、人から学ぶよう心がけるべきです。この考えを生かして、私は合気道を理解(りかい)し練習するように心がけています。本当にまだまだ学ぶことがたくさんあります。
自分自身のことをよく説明できなくてすみません。岩出道場の方々が快(こころよ)く私を受け入れてくれていることに感謝しています。これからも良い岩出流の合気道家(あいきどうか)を目指(めざ)してベストを尽(つ)くします。
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■ 平成20年 国際合気道大会に参加して
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岩出道場に入って、3年半が経(た)ちました。
今年の春に、初段も頂(いただ)き色んな行事にも参加してきました。 そのお陰(かげ)で、沢山(たくさん)の人と出会えることが出来ています。
秋の国際合気道大会はとてもいい経験が出来ました。 まず英語どころか、何語(なにご)がわからない相手と『お願いします』だけで稽古を始めなければならないのです。
稽古は1日に3本、月曜から金曜まで毎日。正直(しょうじき)、体も精神的(せいしんてき)にもダメージがありました。
最初の日は、やっぱり怖(こわ)かったです。めちゃめちゃ身も心も疲れました。
でも、ここで引いてはもったいない。めったにない機会(きかい)ですから。3本の稽古をこなすための自分の体力(たいりょく)配分(はいぶん)もわからず、朝の一番からぶっ飛ばして、2本目ですでに疲れてしまってる。3時間ほど休憩(きゅうけい)の後に3本目の稽古。しかし疲(つか)れ果(は)てていて、気力だけで、何とか一日が終わるといった感じです。
二日目の朝は、重い体で又(また)稽古に。 だんだん胃も痛くなってました。食事もはかどりません。
そして、体力配分を考えるようになりました。 それでも、楽ではないです。なのに楽しい。
三日目位になると、月曜からずっと一緒の顔ぶれがわかってきだしたので、挨拶をするようになりました。広い畳でも、大体の立ち位置は同じようなところになるんですね。
言葉もわからないなりに、気持ちが楽になってきました。 やっと、体が慣(な)れてきた頃に、強化合宿のような稽古(けいこ)三昧(ざんまい)が終了。
ついに熊野大社での、奉納(ほうのう)演(えん)武(ぶ)。 できはともかく一生の思い出になると思います。
土曜日には、他道場の方々のお世話になり、奉納演武を見学出来ました。
最終日は、道主の講習、恐ろしい人・人・人でした。 平日の3倍近くの人手で受身どころではありません。
でも、普段一度に顔を合わすことが出来ない方々にも、いっぺんに沢山会えることが出来て楽しかったです。
私は、一週間一緒に稽古してきた、外人の方々を一人一人稽古に回りました。
そして、この一週間の間も、体育館への行き帰りにお世話になったり、偶然ひらってもらったり。駅前で、ばったり、指導員の方に会ったり、宿でお世話になった方々・・・沢山の人とのつながりをありがたく思いました。
今度はいつ会えるか解らない方達もいますが、再開し、前より人間的にも成長しているよう稽古に励(はげ)み続けて行きたいと思います。
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